2018年08月17日

簡単に言わないでほしい…

今日は愚痴。
最近愚痴が多くてごめんなさいね。
そして今日も長くなります。


母の認知症に伴って、母の症状あれこれと同じくらいわたしのストレスになっていることが、周りの人たちに「介護サービスをうまく利用する工夫をして…」と言われること。


そのサービスとやらを利用できるのなら、もうとっくに申請しているよ。

金銭的な問題もあるけれど、それ以上にわたしの心の中でたんこぶになっていることが『母本人の壮絶な拒否』があります。

一度は介護認定審査を受けて要支援認定になり、年度替りの現況調査で事件?は起きました。


担当の職員なのかな…から電話があり、介護認定の現況調査に伺いたいんですけど…と、こともあろうか母本人に話されてしまったので…このとき、電話をとるのが母が早かったという悪夢が…自分が認知症だという自覚がまーったくない母は怒り心頭!
みるみる表情が強張り、そこには今まで見たことのない母がいました。

電話の向こうにいる人との噛み合わない会話が続き、見かねて受話器を取り上げてしまったのだけど、わたしが話す耳元で半狂乱になって泣きわめく母。

おれなどごもおがしぐねー!
施設さな入らねー!

そう何度も何度も叫びます。

本当は更新だけでもしたかったけど、今まで見たことのない母の状態に心が打ち砕かれてしまいました。

母の中では、介護イコール入所という方程式が完成しているようです。

認知症の自覚がまったくない…そう思っていたけど、このときの母を見たら、もしかしたら母のなかでも、どんどん理解できないことや覚えていられないことが増えていることに対して不安だらけだったのかもしれないと深く反省もしたのでした。

心が打ち砕かれてしまったわたしも、もう更新しようという気持ちはぐちゃぐちゃに折れ曲り、今後の様子をみてまた申請願いを出します…とお話しをしました。

もう…どうしてこういうこと本人にサラッと話しちゃうのかな。
最初のときだって申請までこぎつけるの大変だったなさ…
(;_;)

こういうデリケートな電話は、本人に話すの、ホンットに!やめてくんないかな。その道のプロでねーなんがや
(´・_・`)
と毒がボコボコ出てきます。



脱力でした。
ただただ脱力でした。


そんなことがあったので、今も「今日は包括センターに電話しよう!」と思いながらも、いざ電話をかけようとすると、あのときの母の姿が頭に浮かび、どうしても電話できないわたしがいます。


あんな母をまた見るくらいなら、わたしがずっと母のそばで見守る!
そう思うのです。


上手に介護サービス利用して少しでも家族の負担を減らす工夫していがねどの…

そう言ってくれる人は、親切心以外のなにものでもないというのもじゅうぶんわかっているのです。
心底、さとこを心配して言ってくれているのも、じゅうぶんわかっているのです。

だけど、あのときの半狂乱になった母ちゃんのこと見でねよの。
あのとき、わたしの心がどんだけ打て砕かれて、身体中からチカラが抜けてったかなんて知らねよの。
受話器をどうやって定位置に戻したかも覚えてない。しばらく放心状態だったことだけはなんとなく覚えてるけど。

これからまた介護申請をするということは、またあの修羅場を乗り越えないといけないということだと思うと、考えるだけで身体中からチカラが抜けていく。

上手に嘘をつくことも必要だよ…なんて言われるけど、その嘘を考えるのだって、母の性格を考えていくつもの脳内シュミレーションが必要になる。
その気力は、わたしのどこから引っ張り出せばいい?
そんな気力、今のわたしにはまったくない。
お願いだからほっといて…


介護保険料払ってんだからさ、後期高齢者の括りになったら誰でも認定審査なしに、介護サービスを利用できるようにしてくれたらいいのにと思う。
そうすれば、母のように無駄にプライドが高い人でも「みんな平等」という安堵感でデイサービスに行ってくれるかもしれないのに。

介護サービスはボケてしまった人がうけるものというイメージが思いっきりついてる母にしてみれば、その括りに自分が入るなんてことは何があっても認めたくないことなのだ。


たぶん、『本人の拒否』で心を打ち砕かれているのはわたしだけじゃないと思うのです。


だよね?




そして、今年になって、今の介護保険というのは、転ばぬ先の杖にもならないんだなと知りました。これも相当なダメージだったな。



  


Posted by さとこ at 16:15Comments(1)家族嗜銀顆粒性認知症

2018年08月04日

コンビニのお弁当

お医者さんに行った帰りは必ず
お昼ご飯にお弁当を買って帰ると言う母ちゃん

最近はコンビニのお弁当がお気に入りのようです

というか
お弁当を買うというより、買い物をすることが楽しいのかな?
と思うことも多々あります


昨日も皮膚科の帰りにお弁当を買って帰ると言い出したので
どこがいいかと聞くとコンビニがいいと言います
どうやら母ちゃんはセブンイレブンがお気に入りのよう

店内のお弁当コーナーをじーっくり見て
父ちゃんにはコレ、自分はコレ、さとこはコレ、と選びます

さとこ用に母ちゃんが選んだのはコレ↓ 
キーマカレー(食べかけ写真でごめんなさいね)

ピリ辛というより
さとこ的には激辛に感じてしまいましたが(^^ゞ
美味しかったです
もう一回食べたいかも

わたしのオットには
仕事から帰ったらすぐにつまめるようにとパンを買っていました
家族みんなに何かを食べさせてあげたいと思う気持ちは
とてもありがたいなと思いますが、反面、
そんなに食べられないよ母ちゃん(-_-メ)と思うことも多々あります
仏壇の前にはパンがてんこ盛り・・・
賞味期限とか消費期限という言葉は
母の脳内から消え去っているらしい・・・(・∀・)



お弁当ネタの続きで今日のオット弁当

安定の茶色弁当です





昨夜はコオロギの鳴き声を聞きながら眠りにつきました
秋が静かに近づいていますね





  


Posted by さとこ at 10:28Comments(0)お弁当家族

2018年08月03日

認知症の母と接して思う複雑な娘心

今空 午前11時

今日も蝉が賑やかicon01


facebookにも書いたのだけど同じことをここにも・・・


長い投稿になります。

草むしりしたら虫から刺されでかいっちゃかいっちゃ(痒い痒い)と言ってムヒをつける母。
でも母ちゃん、それ冬の間もずっと同じこと言ってんじゃん。
これ!足のこんだどごろも虫から刺さいでかいっちゃ!(痒い)って言うから見てみるとそこは足の指の間。明らかに水虫の症状。

母ちゃん、こんだどご虫から刺さいるわげねーろ。水虫だんねがや?
と言っても、母ちゃんのなかで水虫はとっても恥ずかしいもののようで、おれそんだななるはずねー!とプンスカしながら言う。
そしてムヒを日に何度もつける。

母ちゃんの脳内では痒い→虫刺され→ムヒという方程式が確立されているからこうなると周りが何を言っても聞く耳持たず。
さとこ疲れる〜もういいようにしてくれ!と放置プレイ突入。

母ちゃんが認知症になる前は同じような人を見ると、でって!家の人は何やってんなだや。ちゃんとみでやれよ!と思っていたけど、いざ自分の身近な人がこうなると、あれは仕方なかったんだろうなと思える。

他人の言うことにはとりあえず耳を傾けるけど(聞き分けのない人と思われたくないから)家族の声にはまったく聞き耳持たず。頑固ババァだ。
もうさとこはお手上げだ。母ちゃんのいいようにしてくれ!そう思った。

だけど昨日、痒い痒いという母の耳や足を見たら、完全にカブれてる。これはヤバい!
もう!わたしは何やってたんだ!なんでもっと早くちゃんと見なかったんだよ!という自責の念でいっぱいになってしまった。
だから母をなんとか説得して明日(今日のこと)皮膚科に行くことにした。
説得にかかった時間、約半日。
でもきっと、今日の説得は明日になると振り出しに戻る。皮膚科に行くという約束自体覚えている可能性がどんだけあるのだろうか。ゼロに近いんだろなと思うとなんとも言えない脱力感と胃袋の奥の方が硬くなる感触を覚えてしまう。

母の前では「わたし」という言葉は通用しないことが今年になってわかった。

「さとこはこうしたい!」とか「さとこはこう思う」と娘の名前を耳に入れることで母の理解力に違いがある。

日々忍耐と試行錯誤。
でも今はわたしの頑張りどころだと思う。

がんばるという言葉は、心を壊した経験があるからできれば使いたくない。あの頃の辛い想いが簡単に蘇るからだ。
「がんばる」はまだ許容範囲かもしれない。これが文字で「頑張る」と見てしまうと途端に苦しくなってしまうときがある。
でも今のわたしはたぶん「頑張る」になっていると思う。

こんなこと書いたら、オーラソーマのお客様なんか来なくなる可能性も否めないよなー。
こんなに雁字搦めになってるヤツのコンサルなんて受けたくねーよのー。。。なんてことも思うけど、だけどこれが今のさとこなのだから仕方ない。

本当はこんなこといちいちこんなところで書く必要なんてないとも思う。

だけどもしかしたら、自分の今の気持ちや母の状態がどこかで誰かの何かのヒントになるかもしれないと思った。(おこがましいかもしれないけど…)


認知症になった人に対してのケアの仕方はあちこちで見聞きすることがあります。

否定しちゃいけません
とか
不安になるようなことは言ってはいけません
とか
やりがいを見つけてあげましょう
とか
できることはどんどんさせてあげて自信を失わないようにさせてあげましょう
とか

でも、その陰で踏ん張っている介護家族のケアのことはほとんど見聞きすることはないような気がする。

できることはなるべくしてもらおう
そう思ってはいるけれど、何かをしてもらっても必ずどこかを手直ししないといけないのだ。それをするのは誰?
さとこだよ!

例えば食器を洗ってもらう。
だけど油汚れがあっても洗剤もスポンジも使わない。手でチャチャッと洗ってお終いだ。ちょっと油断するとそれを布巾で拭いてくれるから布巾も油ギッシュだ。

何をどこにしまっておいたかなんて覚えていないこともしょっちゅうだから、次に使うときに探すのが大変。
どごさしまったな?って聞いても、しまってくれた母ちゃんの記憶はすでに忘却の彼方だ。

そういうことも、誰がフォローするんだ?
さとこだよ!

もう何もしないでほしいと思う。
わたしがすべてやったほうがコトは早いし簡単だ。

だけど「やらなくていいから」と言えばショボンとするし、ヤラカシテしまった母ちゃんのこと、怒れない。
怒ってもなんで怒られてるのか理解できないし、「さとこはいっつもおれのごどごしゃぐ」って言われてしまう。
ショボンとする母ちゃんは見たくないし、できるならショボンとさせたくない。

だけどそうしたら?
わたしのこの気持ちはどこへ持っていけばいいんだろう。

なんてことをうっかり誰かに話すと、職種によっては
それはさとこが今大切な学びのときなんだよ。それも親の愛情だよ。ちゃんと受け取らないとね☆
なんて言われたりして。

たしかにその通りだと思う。頭ではちゃんと理解しているつもり。
自分の親が認知症にならなかったらわたしもきっと、同じことを思ったり言ってると思う。
だけど今は、そんな言葉クソ喰らえだと思うさとこがいる。(ごめんなさい)
そんな愛情なんか要らない!
そう思ってしまう。
経験したことがないことを経験している人の前で、知識だけで語ることがどんなに愚かで恥ずかしいことかということを頭ではなく腹で知った。


20歳前に親元を離れて嫁いできて、その嫁ぎ先には小姑が5人もいてそのほかにも年寄りが何人かいる大家族。10年も子宝に恵まれず、ひたすら嫁として頑張ってきた母の今が、みんなに疎まれる認知症になってしまったという現実。
人は生まれてくるときに自分の人生の設計をたててくるというけど、誰が好き好んでこんな最後をプログラミングする?ありえない。そんなスピリチュアルなんてクソ喰らえだと思うさとこがいる。
オーラソーマなんてやってるくせに、クソ喰らえと思うのだ。

今の母の状態は、自分のことは自分でできるから認知の程度でいうと「ごく軽い」という括りになる。
でも家族にしてみれば、認知症に軽いも重いもない。
どんな状態でも、括りは一緒だ。悔しくて悲しくて寂しさ満載の認知症だ。


両親を見送ったらあれしようこれしよう、あそこに行こう…なんて思うわたしがいた。
でもそれは、両親がこの世からいなくなるのを心待ちにしているということではないか、ということに気付いたときに愕然とした。

そんなの悲しすぎる。
だったら介護保険制度をうまく利用していくことも考えないとね☆ということになるのだけど、その話はまたいつか。
これもすったもんだがあったのさ。


結局、今朝の母は「今日は皮膚科に行く」ということを覚えていて、案の定 朝から渋りまくり・・・でもさとこはシカトした。
母の文句はシカトすることにしようmushi
無事に診察してきたよ(^^)

ムヒよりこっちの薬の方が痒み治まるよ~と言ったらご機嫌ちゃんになった。
やっぱり相当痒かったんだね。


それから、「頑張る」という言葉は今はちょっと好きかも・・・と思えることが増えてきた。
あの頃、生きることを頑張ったから今のわたしがいるのだから、この「頑張る」という言葉を大切にしたいと思う。


そしてそして
くら~いことを長々と書いたけど、日々そんなにどろどろした感情を抱えながら生きているわけでもなく、それなりに楽しく過ごしています。
さとこは置かれた場所で咲いてやるのですrose






  


Posted by さとこ at 11:39Comments(4)家族